病院でパニック障害と重度のうつ病だと診断されて、数種類の薬を処方されたけれど、一向に不眠も強い不安感も無くならない…
(※のちにこの時の診断は誤診で、双極性障害ということがわかります。)
勿論外出もできず引きこもりのまま…
週に一回受診して、先生にそのことを相談しても、ただ薬の種類と量が増えるだけ…
始めに処方されたハルシオンの副作用で、短期間に体重が10㎏も減ってしまったけど、肝心な不眠は全く改善せず、心身ともに極限に達していました。
そのことを先生に伝えると、ハルシオンの処方が中止になって、今度はレボトミンという薬が追加されるようになりました。
このレボトミンは、非常に強い抗精神病薬で、とにかく鎮静力が強いお薬です。もちろん副作用も強烈で、猛烈な倦怠感、意識が飛ぶ、記憶が無くなる…一番怖いのは気管支が詰まった感じになって、睡眠時にとても息苦しくなることでした。
私はこの薬を言われた通りにきちんと飲んでいたけど、症状は全く善くなりませんでした。むしろ更に日中の倦怠感は増して動けなくなり…
焦燥感
不安
恐怖
虚無感
哀しみ
それらが自分の中を渦巻いて、西日が部屋に差し込む時間になると、衝動的に死にたくなります。毎日17時がとても怖かった…
冬がそろそろ終わる2月の下旬か3月の初旬頃だったと思います。ある日の17時、私は夢遊病になったように準備しはじめました。
記憶がだいぶ途切れ途切れですが…
コンビニに行って酒と大量のロックアイスを購入しました。…確か店内のロックアイスを買い占めたから、レジの女の子が
「こんなに必要なんですか?」
って聞いてきたと思います。
私は両手いっぱいにロックアイスを持って自宅に帰り、シャワーを浴びて久しぶりに化粧をして、浴衣を着ました。
布団に買ってきたロックアイスを敷き詰め、病院から貰ってためておいた向精神薬と市販の薬全部で数十錠をお酒で一気に飲み干しました。
ロックアイスの上に横たわり、残りのアイスは自分の身体の上に乗せました。これだけの量の薬をお酒で流し込み、氷の上で眠れば凍死すると思っていました。
その後は覚えていないけれど、私は意識が飛んでから布団から出て外に飛び出したようでした。
気が付いたのは、どこかの長い階段を転げ落ちたこと、次に気付いたのは病院のベッドでした。どうやって病院に私は運ばれたか分からないけれど、目を覚ましたら病院のベッドの上で、看護師が呆れた顔をして私に言いました。
「今時の薬は過量服薬しても死ねないのよ。甘かったわね」
死ねなくて残念だったとか、生きていて良かったとか、冷たいとか痛いとかはっきりとした考えや感情は全くなくなっていました。
今正常な感覚であの時を考えると、処方された薬の副作用が相当厳しかったのだと思っています。食事もまともにしていなかったし、口にするのは菓子パンとチョコレートだけ。熟睡もできていない状態でした。
衰弱した身体に処方された薬の種類は最終的に10種類以上。正しい判断を自分一人でできるわけがなかったし、行動もできませんでした。
抗うつ剤だけでなく、安定剤、胃薬、鎮痛剤、副作用を抑えるためにまた新しい薬が追加されていって、身体の感覚はないし、意識も記憶もとぎれとぎれ…まるで暗闇に突き落とされた廃人のような生活でした。
廃人のような生活の中でたった一つだけ私に楽しみがありました。
すごく好きな人がいました。それは父が倒れてから知り合った人でした。
かなり年上の、落ち着いた人で、ドライブに連れていってくれたり、散策に出かけたり、一緒にご飯食べたりして、他愛もないことなのだけど、その人と一緒にいると私はすごく気が休まって安心できました。
だからすごく甘えてしまって、私はその人にすごく依存してしまいました。
“ねぇねぇ私の話しを聞いて”
“もっと一緒にいたいよ”
“淋しい時はずっとそばにいて話聞いてよ”
ずっとそんな感じでメール、電話をし続けて、始めは頻繁に返答があったのに段々と返事が2回に1回、5回に1回となり…そうなると私は、控えるどころか更にしつこくなっていきました。
10回に1回そっけない返事が返ってきて…というか、彼だって社会人で朝から晩まで仕事をしているわけで、頻繁に返信なんてできるはずがありません。それでも私はその都合を全く無視して一方的に自分のしてほしいことを伝え続けました。
彼は悪人ではないし、大人だから、年下の私が悪い子ではないことは分かっていたと思うし、心の病のことや、父親のこともちゃんと理解していてくれていたけど、私の迷走・暴走にほとほと疲れてきていたと思います。
ある時から全く返信も来なくなって、電話もなくなりました。
相手にされないことの悲しみを、リストカットや煙草の火を自分の腕に押し付けて紛らわせていました。
…でも少し経って気づいたのです。
“私妊娠している”
とにかく彼に言わなきゃ!…そう思って連絡をするけれど、電話もメールも全く返事がありません。もう頭の中がすごく混乱して、どうしたら良いのか全く分からない状態でした。
私は誰にも相談できず、妹に相談しました。
「ねぇ、誰の子なのよ?連絡取れないってどういうこと?!」
妹は電話口で興奮したように尋ねてきて
「すぐにそっちに行くから!!!始めから順序立てて話して!」
そう言って、すぐに来てくれました。
今思うとすごく愚かだけれど、私はたとえ彼が許可してくれなくても、一人でも産む気でいました。産婦人科では当たり前ですが、とても心配されました。
薬をたくさん飲んでいて、父親が出てこない、正常な判断もできないのに大丈夫なの?と。もっともだったと思います。
産婦人科に行くのも、かかりつけの心療内科に行くのも、母親にそのことを打ち明けるのも全部妹が傍にいてくれました。
母親は激怒、絶対堕胎しなきゃダメだと怒鳴りました。でも私は産むの一点張り…だれも味方がいない中で、妹だけは
「私が一緒に育てるよ!大丈夫、きっと二人で頑張れる」
って味方でいてくれました。
何もできない私の代わりに、母を説得してくれました。妹は自分のことは全く頑張らないのに、他人のことになると必死になる…
でも結局、その後ここに書き切れない経緯が色々あって、結局私は中絶することになったのです。手術直前まで私は抵抗し、暴れ、看護師さんたちに抑えられました。
「泣いていたら手術する先生だって辛い。もう泣きやみなさい!」
看護師さんの言葉が胸に刺さりました。悲しいのは私だけじゃない。先生も妹も母親も彼もみんなみんな辛かったと思います。
人工妊娠中絶手術は本当に短い時間で終わりました。
真夏で外はうるさいくらい蝉が泣いているのに、私は寒くて振るえながら病院から帰宅しました。私の部屋で妹が待っていてくれて、私の手を取って泣きました。
「もう泣くのはこれで最後にする。…もう前を向いて歩こうね。」
そう妹が言いました。
ずっと‟みんな大嫌い”…そう思ってきたけれど、一番人を振り回して傷つけているのは自分自身でした。
妹が帰ってしまうと、私は自宅の畳に横になりました。
真夏で外は蝉がうるさいくらいに鳴いているのに、私は寒さで震えて、毛布に包まっていました。全身が痛かったことを覚えています。
“私はいくら罰を受けたら赦されるだろうか”
そう思いながら、窓の外を見ると、空はとても綺麗に晴れて、ベランダにはいつか植えた種がいつの間にか花を咲かせていました。
ずっとほったらかしだったのに、たくさん咲いた白い花を見ていたら、その健気な姿に私はとても胸を打たれました。
誰かに褒められるためでも、認めてもらうためでもない…花はただ時期がきて精一杯咲いているだけ。
私はこの花を見ていて、勇気をもらい、立ち上がる決心をしました。
生んであげられなかった命の分まで、リハビリをがんばっている父の分まで、ずっと一緒にいてくれた妹のために…
“ちゃんと仕事しよう。心機一転引っ越しをしよう”と。
しかし決意したものの、まず引越しするお金がない。就職活動する体力も精神力もまだなく、それで私はお金のために手っ取り早く水商売を選ぶことにしました。すごく一生懸命働きました。
元々水商売は私の気性には合わないのだけれど、丁寧な接客を心掛けて、自分を指名してくれるお客さんがたくさんつくようになりました。
その時の私にとって、お客さんがついてくれるということは、‟商売”というところまで全く辿りついておらず、ただ‟自分みたいな人間でも必要とされている”と自尊心をほんの少し満たしてくれるものでもありました。
良いお客さんとスタッフに恵まれて、私はそのお店でリハビリを兼ねながらお金を貯めていくことができました。
ある程度まとまったお金が貯まって、心身共に自信を取り戻してから、また昼の仕事に戻りました。
私は妊娠が発覚した時に、それまで10種類飲んでいた薬を一気に止めていましたが、中絶しても止めたままでした。
やはり電車ではパニックになりそうなこともあったし、急に理由もなく憂鬱になることも不安になることもありましたが、薬を止めて更に症状が悪くなることなど一切なくて、むしろ副作用がない分、心身が楽になり、回復したように感じていました。
そしてまた、仕事をする自信も勇気も取り戻すことができました。
昼の仕事も就いて数か月経ち、職場近くに引越しすることにしました。
念願の引越し…10代から独りぼっちでたくさん苦しんだ部屋からやっと出られる日が来た…これで全て新しい自分に生まれ変われる…そう思っていました。
私は自分のことで精一杯でした。私は妹の心を置いていってしまったのです。
引越しの当日未明、妹は道路に飛び出して2台の車に撥ねられました。
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